【書評】エーリッヒ・フロム「愛するということ」を通じて「愛」を探求する

人を好きになるってなんですか?
人を愛するってなんですか?
人を大切にするってなんですか?

私にはずっと疑問でした。親は私を惜しみなく大切にしてくれるし、私も親をとても大切に思っている。
でも、他人をそのレベルで思うことってできるものなのかな?と。

特に最近、1年10ヶ月付き合った彼氏と別れてから深く考えるようになりました。

愛とはなにか。その答えを探すべくこちらの本を手に取ります。

「愛するということ」

著者は「エーリッヒ・フロム」(1900~1980年)
資本主義批判とナルシシズム分析を融合させ「新フロイト派」として名を挙げた偉人です。

本書を読んで、とても大切なことに気づけたと自覚があるほどに読んでよかったと思います。

本記事の目次

  1. 愛するということ:「愛は技術である」
    1-1愛は「与えられる」ではなく「与える」もの
    1-2自分も愛せるようになることが大切
    1-3一人でいられる能力が必要
  2. 愛するということ:「間違った現代の愛」
    2-1愛の問題を「愛される」問題だと思っている
    2-2愛の問題を「対象」の問題だと思っている
    2-3「愛する」ことと「恋に落ちる」ことを混ぜて考えている
  3. 愛するということ:「愛に必要な4つの要素」
    3-1配慮
    3-2責任
    3-3尊重
    3-4知
  4. 本を読むきっかけとなった出来事
    4-11年10ヶ月付き合った彼氏と別れた
    4-2原因は、自分の未熟さ
    4-3愛することはとても難しい
  5. 結論、愛とはなにか

ちょっと長いですが、「人をうまく愛せない」と自覚がある人は特に必見です。
そうでなくても、絶対に何かしらの気付きが生まれる革新的な本なのですから。

ぜひ最後まで、お読み下さい(_ _)

愛するということ:「愛は技術である」


人は生まれながらに愛する技術は備えておらず、後から努力で手に入れられるものだとフロムは言っています。

まずは、「愛とはどのようなものか」「なにが大切なのか」を見ていきましょう。

愛は「与えられる」ではなく「与える」もの

愛とは「自分が相手に与えるもの」であると言います。

よく、人は「どうやったら人に好かれるだろう」と考えがちです。

人気の雑誌にも「これをする女子は好かれる!」「こんな男子はモテる!」といった特集が組まれますよね。
一度は目にし、参考にしたことがあるのではないでしょうか。

しかし、この考え方は愛に必要なものではありません。

相手に与えるってどういうこと?

この答えはとても広くて複雑です。
よくある誤解は、与えるとはなにかを「諦める」こと、犠牲にすること、損すること、などという思い込み。

他人を利用する存在だと思っていたり、自分がなにかを与えられるべきなどと考えている人は、そんなふうに受け止めています。

大事なことは、「主体性」です。

  • 残念な愛・・「愛されるからあなたを愛する」
  • 本当の愛・・「あなたを愛するから愛される」

受け身ではなく、自分から動こうという積極的な感情が生まれてくるのが「愛」なのだといいます。

自分も愛せるようになることが大切

ではどのようにしたら人を愛せるようになるの?という疑問への答えの一つが、「自分も愛せるようになろう」ということです。

本書ではもっと深く追求されていますが、あまりに多く語りきれないので私自身にぐっと響いたところだけお伝えします。

他人を愛するためには、まずは自分を愛している必要があるといいます。

よくある誤解

自分を愛するというと、「ナルシスト」になれってこと?
と思うかもしれませんが、違います。

本書では、利己的主義と自己愛は「愛」という意味でまったく別物、正反対のものと説いています。
詳しく解説していきましょう。

利己的主義とは、自分の利益を優先させる考え方です。
自分以外の世界を「わたしになにを与えてくれるのか」という視点でしか捉えません。

相手の好きなものや考え方に興味がない。自分の役に立つかどうかですべてを判断します。

一方、自己愛のある人は自分のすべてを肯定しています。
自分はこれで良いのだと自信をもてるから、愛や能力を惜しみなく愛する対象へ与えることができるのです。

フロイトによれば、利己的な人間はナルシシズム傾向が強く、いわば自分の愛を他人から引き上げ、自分に向けている。たしかに利己的な人は他人を愛せないが、同時に、自分のことも愛せないのである。「愛するということ」エーリッヒ・フロム

ここで、自己愛がない人についてもちょっと話します。

自己愛がない人の特徴

自分を好いていない人は、誰かに愛されたときに「これは条件付きの愛だ」と捉えます。

例えば、「この長所があるから愛されるんだ」「愛される価値があるから愛されるんだ」などですね。

ありのままの私が愛されているのではなく、相手が私を気に入ったから愛されているだけなのだ、という解釈になるのです。

「私のこと、好き?」「怒ってない?」などしょっちゅう聞いていた私がまさにコレでした。

一人でいられる能力が必要

「一人でいられる能力」は、人を愛するために必要なもう一つの大事な要素です。

「恋愛依存」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
本書では、「依存」は愛の関係ではないと言ってます。

※「自分の足で立てないという理由で他人にしがみつく」という表現を依存と解釈しました

現代社会で、「一人でいられる能力」を養うのは相当大変です。

なぜなら、SNSが普及しすぎているから。あなたのスマホにも、Twitterやインスタグラムなどインストールされていませんか?

家に一人だったとしてもTwitterやインスタグラムで誰かと繋がっていれば「一人でいられる能力を発揮している」とは言えません。

試しに、一切のSNSを封じてみましょう。

どうでしょう。ムズムズして、携帯を開けたり閉じたり、はたまた意味のないアプリを開けては閉じたりしていませんか?

20台前半までの私たちはSNSが中学・高校の青春をかざる一つのツールでした。
だから、今になってSNSを封じようとするとまるで禁断症状が起きたかのように苦しくなるのです。

苦しさを克服し、自分ひとりの時間を集中できる人こそ「一人でいられる能力がある」と言えるでしょう。

本書では、集中するために「瞑想」が効果的であることを言っています。ここでは割愛しますが、気になる人は是非お試しくださいね

愛するということ:「間違った現代の愛」


では次に、私たちがよくしてしまっている「愛の間違い」を紹介していきます。

結構びっくりしたというか、図星をつかれたものだったのできっとみなさんにも刺さる内容だと思いますよ。

間違い1.愛の問題を「愛される」問題だと思っている

恋愛できないことを「相手を愛せないから」ではなく「自分が愛されないから」と思っていることが間違い1つ目です。

「愛は技術である」

愛とは「たまたま自分を愛してくれる人と出会えた」というような奇跡ではありません。
他者を愛せる能力、そして技術があれば上手な恋愛をすることができるのです。

しかし、ここに気づけていない人が多すぎる。

「自分が愛されないから恋愛ができないんだ」と考える人たちは、以下のように考えます。

  • 人からモテるためにはどんな服装をしたらいいのだろうか
  • 聞き上手になるためにはどんな相槌、話の展開をしたらいいのだろうか
  • 色気を出すためには、どんな香水をつけたらいいだろうか

すべて、「相手から自分がどう見えるか」に重点が置かれている考え方です。

確かに上記は人間関係を良好に保っていく上で大切なこと。
しかし、本当の恋愛をする上での手段としては大きく間違っています。

間違い2.愛の問題を「対象」の問題だと思っている

人を愛することは簡単。しかし自分が愛せる相手・愛されたいと思える人を見つけるのはむずかしい、と思っていることが間違い2つ目です。

この考え方は、社会の発展にいくつか関係していると言います。

昔の恋愛

昔は結婚する相手を親同士がきめたり、「お見合い」をしたりなど他者に取り決められていました。「結婚したら愛が生まれる」と考えられていたそうです。

現代の恋愛

ところが、今はほとんどの人が「恋愛」の延長に結婚がある。
自由な愛に変わっていったことで、愛する能力から愛せる対象の方が重要視されるようになっていったのだと言います。

確かに、現在主流のマッチングアプリも「相手を選ぶ」ことから始まりますよね。

自然と仲良くなるのではなく、対象を選ぶことからすべてが始まる現代特有の恋愛において、この間違いは知っておくのがマストだと感じました。

いずれにせよ、ふつう恋愛対象は、自分と交換することが可能な範囲の「商品」に限られる。だから私は「お買い得商品」を探す。(中略)このようにふたりの人間は、自分の交換価値の上限を考慮したうえで、市場で手に入る最良の商品を見つけたと思ったときに、恋に落ちる。「愛するということ」エーリッヒ・フロム

間違い3.「愛する」ことと「恋に落ちる」ことを混ぜて考えている

一人の人を持続的に「愛する」ことと、「恋に落ちる」という最初の体験を混ぜて考えていることが3つ目の間違いです。

見知らぬ他人とふいに親しくなったり、性的な関係から交際が始まった時がもっとも心が踊る「恋の落ち方」だといいます。

しかし、これは長続きしません。

相手のすべてがキラキラして見えていたところから、だんだんと嫌なところが見え始めます。
そして反感や失望が生まれ、倦怠期に突入し、最初の興奮が跡形もなくなくなってしまう。

こうした結末がありながら、最初の段階で熱烈にお互いのことを思い合っていることを「愛だ」と思い込んでしまうのです。

しかし、本書ではこう述べています。

(中略)たがいに夢中になった状態、頭に血がのぼった状態を、愛の強さの証拠だと思いこむ。だが、じつはそれは、それまでふたりがどれほど孤独であったかを示しているにすぎないかもしれない。「愛するということ」エーリッヒ・フロム

孤独が熱烈な恋のスタートを生む。けど、長続きしない。私にめちゃくちゃ刺さりました。

愛するということ:「愛に必要な4つの要素」


愛は「与える」ものでしたが、それ以外にも大切な要素が存在します。
それが、「配慮」「責任」「尊重」「知」の4つです。

配慮

配慮とは、愛する人の命と成長を積極的に気にかけることです。

友人が飼っている犬を好きだと言っていたとします。
しかし、彼がペットに食事や水を与えるのを忘れているのを見てしまったら、私たちは「え、本当にペットのこと大切なの?」と思いますよね。

愛とは、相手のために自分が動くことです。
それは労働であるかもしれないし、家事や育児かもしれません。

責任

責任とは、相手からなにかを求められたときに、それに応えることです。

子どもから悩みを打ち明けられた母親は、自分の経験や知識を持ってどうにか解決できないかと一緒に悩み始めるでしょう。

人を愛せる人は、自分自身に責任を感じるのと同様に、愛している相手にも責任を感じられるのです。

尊重

尊重とは、相手が唯一無二の存在であることを知り、その人らしく成長していけるように気遣うことです。

これが欠けていると、相手を自分の所有物・支配するものとして捉えてしまうことになります。

難しいのは、後者の「その人らしく成長していけるように気遣うこと」でしょう。

なぜなら、気遣うためにはまず自分自身が自立していないといけないからです。

一章で解説した「一人でいられる能力」にもつながる話ですね。

私は一人でも生きていける。誰かを利用したり支配したりする必要なんてない。
という段階に達したとき、他人をほんとうの意味で尊重できるようになります。

私は、愛する人が、私のためにではなく、その人自信のために、その人なりのやり方で成長していってほしいと願う。「愛するということ」エーリッヒ・フロム

相手を尊重するためには、まず「知る」必要があります。

愛の「知る」とは好きな食べ物、休日の過ごし方、などといった表面的なものではありません。
もっと核心に迫るもので、言葉で表すのは難しい。

相手を知れると、表には出さないけれど怒っていることがわかったり、不安になっているとか孤独だとかがわかるといいます。

もっと深くまで知りたいと渇望する

人は誰しも「この人はどのような芯をもっているのだろう」と知りたがります。

奥底にある他者の芯を知るための手段は2つあるのです。
1つはサディズム・支配的な方法、もう一つがセックスによる方法。

愛するもの同士は、セックス(結合の体験) によって相手を芯まで知ろうと試みようとします。

本を読むきっかけとなった出来事


ここまでちょっと堅苦しい話が続きましたね。

息抜きに、筆者の体験談をちらっと覗いてみて下さい。共感できるところがあったら、ぜひ教えて下さいね。

1年10ヶ月付き合った彼氏と別れた

つい先日、11月中旬のこと。1年10ヶ月付き合った彼氏と別れました。
理由は「喧嘩が多すぎる」こと。

好きだから連絡を取りたかったし、頼りたかったし、でもメンヘラな私はすぐ情緒が不安定になって喧嘩が起きました。

そうなると、もう喧嘩のことしか考えられなくなるんですよね。
ずーっとイライラして、なにも手につかない。そんな状況が苦しくて堪らなかったです。

原因は、自分の未熟さ

今回恋愛がうまく行かなかった原因は彼ではなく、主に私にありました。

まずは、私自身がとても未熟だったということです。
本書にもあるように、人を愛するためにはまずは自分が成熟した人間でなければなりません。

一人の時間を集中でき、孤独にも耐えられるメンタル。
私には、それがなかったのです。

思い返してみると、彼から「Twitterをやめてくれ」なんてセリフを何度言われたでしょうか。
高校生の頃から、私はSNSに依存していました。

大学受験のためにがっつり勉強に励んだ1年間を覗いて、私のそばには常にSNSがあり、変な言い方ですが私を支えてくれていたのです。

結局の所、私は勘違いしていました。

  • 「一人で牛丼屋に入れるから一人でも生きていける」
  • 「みんなといるより一人でいるほうが楽だし」

このような感覚を持っている私は、一人で生きていける強い女だと思っていた。

でも蓋を開けると、周囲をいいように利用して生きているただの自己中心的な人間だったのです。

愛することはとてもむずかしい

人を愛するには、自分が成熟した人間でなければなりません。

じゃあどうなった成熟した人間と言えるの?と疑問が生まれますよね。
その答えとして、私に一番ぐさっと刺さった本書の文章を引用します。

愛するためには、人格が生産的な段階に達していなければならない。この段階に達した人は、依存心、ナルシシズム的な全能感、他人を利用しようとか、なんでも貯めこもうという欲求をすでに克服し、自分のなかにある人間的な力を信じ、目標達成のために自分の力に頼ろうという勇気を獲得している。これらの性質が欠けていると、自分を与えるのが怖く、したがって愛する勇気もない。「愛するということ」エーリッヒ・フロム

自分を愛して持つ力を信じながら、それらを他者に与えられることこそが愛。

とすると、私自身になかったことが明白になりました。
それは、「自分を愛する力」です。

自己肯定感、とも言い換えることができるでしょうか。

私は私のままで良いのだ。唯一無二の存在なのだから、という考え方ですね。

私はなんのために生きているのか

社会の型にはまった生活をしていると、自分が何者でなんのために生きているのかわからなくなることがあります。

そういうときって、だいたい自分が存在する意味を見出そうとしているんです。

だけど、考えてみて下さい。

社会において一人ひとりが存在している意味ってそんなにないですよね。
別に私やあなたが欠けたとしても、変わらずに経済は回り続けます。

しかし、「私」に視点を戻すと自分に与えられた今日は一度きりしかなく、人生も一回きり。

今日という日をどのように自分は過ごしたいのか。そして、どんな未来を描いていきたいのか。
今一度、「自分」という視点にたって見つめ直すきっかけが必要です。

その中で、自分がもっと成熟し、いつの日か人を愛する技術を身につけられたらどんなに幸せかと想像します。

結論、愛とはなにか


結論、愛するということは「相手を信じ、相手のために自分から行動を起こすこと」です。

信じるとは、以下のことが含まれます。

  • 相手のふるまいや考え方、価値観を信頼できて、変化しないものと確信する
  • 自分が与える愛は素晴らしいもので、相手の中にも愛を生むことができると確信する
  • 愛する人がこれから人間的に成長していくと確信する

人を愛することは、簡単ではありません。
しかし、意識して自分を成長させることで、技術を獲得できます。

私は、頑張って人を愛せるようになりたい。

そして、ここまで読んでくれたあなたへ。

「愛し方を知りたい」
「愛をもう一度考えたい」
「人を愛せない自分を変えたい」

そう願う意欲的で努力家なあなたは、本書を一読すべきです。

フロムの「愛するということ」はバイブルになる一冊。

愛について今一度振り返ってみませんか?
人を心から信頼し、愛に満ちた人生を送っていきましょう。

それでは、今回は以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございました(_ _)

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